little snow

ツヨシは、平凡な中学生だった。喧嘩が強いわけでもないが、いじめられるわけでもない。言い返すタイプの少年だった。ただ二歳上に姉がいて、中一の頃から人脈はあった。もしかしたら快活な少年に見えたのかもしれない。

告白されてしまった。学年で一番勉強のできる女子に。他人が嫌がることを言わない、それがきっかけだと言う。ツヨシなりに一番気を付けていたことを好きになってくれた。

ツヨシは勉強をするようになった。理由は少しでも恐怖とたたかいたかったからだ。彼女は、親でも見落とすようなことを、先回りして、ああしたらいい、こうしたらいいと言う。それも非常に手短な言葉で言う。人間というものを、悪く言えば感じ取れない、そのような日本語のやりとりがたまにあって恐怖だった。

ツヨシは、自分の役割は習うことなくわかった。彼女が同じような口調で男子に物申してしまって、危ないと思った、しかし嫉妬心もかなりあって、止めに入ることはできたが、後で電話で口喧嘩をしてしまった。

しかし、ツヨシは日頃、「なぜそこまで有難いのか。」と彼女の言動に感謝するようになっていった。「俺なんかが、俺なんかが。」と言いながら必死で勉強して高校は県下有数の男子校に入った。入ることができた。

高校で出会った友達に対しては、第一印象、すごく嫌な言い方だが、「違う動物の群れに混じった。」と思った。まず5㎞のジョギングが速い、部活ではなく体育の授業で、である。1500m走もクラスで最下位だった。

早い話、勉強についていけなかったツヨシは、別れてしまった。同じ年の10月、ある日、なにもかも壊れるくらい怒ってしまった。彼女のほうは、その後何度か連絡を試みたと後で知った。

クラスメイトの国松が、しばらくしてカラオケに誘ってくれた。

「俺が行くんだから、可愛い子が来るんだろうな。」

とツヨシは言った。ツヨシはくだらない人間にでもなったつもりだった。

「田中君は三股までかけたことがあるから、良くも悪くも君付けされちゃってるんだからね。」

と悪ふざけの口調で返された。田中は背が高く、体重も70㎏あるが端正な顔立ちのイケメンだ。10月に入っても仲間から君付けされている変わった人だ。成績は真ん中くらいなのか悪いのか、よくわからない。

当日の集合場所で、田中に言われた。

「あの真ん中の背が高めのヒョロっとした子が気に入ってくれてるから、俺からの命令として、今日ちゃんとやれ。」

あとで確信するのだが、ツヨシは、田中からは親しまれていた。そういえばツヨシ目掛けて歩いて来られて、話しかけられたことが何回かある。成績最下位のツヨシは、クラスメイトにとってある意味希望だった。この半年間、同じ苦しみの生徒もそうだが、そこまで下を見て喜んでいるわけでもないが、とにかく希望だった。「ツヨシ君には彼女がいる。僕にも彼女が欲しい。」と安易な希望を抱くための客体だった。そして、ツヨシがフラれた話は、「星の消滅」だったのである。

真ん中の女子はチヒロという子だった。栗色のロングヘアで、ツヨシをすでにじっと見ていた。ツヨシは、田中の「ちゃんとやれ。」を信じ切った様子で、

「可愛いじゃん。」

と言い、前カノと付き合っていた杵柄もある、自分はできる、今日は楽しませてもらおうと思った。ツヨシは、一年以上、前の彼女と仲良くやってこれたものだから、行儀作法というべきか、接し方を知ってはいた。そういう意味合いの経験値のある接し方、で、留めればいいものの、どんどん悪乗り、悪ふざけをしてしまい、抑えがきかなくなり、「もう、付き合っている」かのような態度にも差し掛かってきた。そのようなツヨシの挙動に、田中は、「今後考え物だ。」と思ったが、男子らの結論は「封印」というものだった。

二時間の遊びが終わるころ、チヒロだけトイレに立つと、さすがに周囲に目をやるツヨシに、国松がジェスチャーで「行け。行け。」と言う。ツヨシが後を追って廊下に出ると、チヒロが廊下で立っていた。直立した姿が綺麗だなと思う、ツヨシ。うつむいて、壁に寄りかかっているのか、いないのか、というチヒロ。二人でしばし無言になってしまった。ツヨシはチヒロを見ているが、チヒロは床なのか、壁なのかわからない位置を見てじっとしている。「トイレ。」と言って出て行ったが、涙ぐんでいるのか、いないのか、というチヒロ。

「ほらっ。」

ツヨシは、少しひきつった笑顔で携帯電話を取り出す。

「メールアドレスを交換しよう。」

と言いながら、つい先日まで前の彼女のツーショットプリクラが貼ってあった携帯電話を、差し出すように、見せた。あまりにも無残な数ミリのはがしそこないも気にせず。チヒロは、無言でうなづくと、気の利いたことも言えない自分を、あとからじわりじわりと責めながら、しかしプリクラの無残なはがしそこないには、笑いがあとからじわりじわりとこみあげてきて、

にかっ

と、自分の携帯電話をポケットから出すとき、笑ってしまった。

二人は12月に、初めて手袋越しに手をつないだ。一瞬ふざけて笑ったら、そのままグイっと腕を抱えられてしまって、ツヨシのほうが「痛い。」と言う。ピンクのマフラーが肌色をしているチヒロが綺麗だ。

ツヨシは、抱きしめたいと思った。

「『雪が降ったらいいな』のおまじない。」

そう言って、グッと意気込むと、チヒロは感づいたように、はっとした。ツヨシは、思わずコートの端っこを握りこんでしまった。すると少し沈黙してから、チヒロは言った。

「大人になってく。」

ツヨシは、ボケっとチヒロのへそのあたりを見ていた。チヒロは、

「大人になってく。」

ともう一度言うと、嬉しそうに笑ったまま、

ぺんっ

と、コートの端をつかんだツヨシの手を、体ごと旋回して弾いた。思ったより、勢いがついてしまった。ツヨシは、一瞬、氷漬けにされたように「ひやっ」とした。してしまった。重く冷たい氷が急に背後に現れた気がして、勢いのまま、チヒロを、

ぎゅっと、抱きしめた。

チヒロは、初めて男子の体温と、思ったよりずっと固い骨を感じた。ツヨシは、チヒロの、もっとずっと友達のようにいたい気持ちのほうを、そうと知ってか知らずか、固く抱きしめたのだった。振りほどくように唇を重ねたのはチヒロからだった。

ツヨシは、

「背が高いですね。ピンクのマフラーも、また着ていただけたら、わたくしは何度でも美しいと言って見せましょう。」

と、かしこまって言った。

チヒロは笑った。笑って、気恥ずかしそうにしていたら。チヒロの携帯電話がマナーモードで鳴り始めたので、また、にかっと笑って、言った。

「雪が降ったら何するの。」

ツヨシは、

「好きだよって、しっかり、言ってみたい。」

と言う。

チヒロは、キョトーンとして、半分はわざと、

「好きだよ。」

とそのままの顔で言った。

(おしまい)

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