責任

報道が「闇バイト」という呼称を用いることに違和感のある人がもう一人くらいいたらいいのにと筆者は思う。闇野球ファンなどであれば、野球ファンが嫌な気持ちになることは間違いない。強盗とは仕事ではないだろうというブレーキもなく、マスメディアの正社員はそう表現した。これは格差社会に対する自己責任論の表象だ。マスメディアの報道を聴いていると、闇バイトで集まった犯罪者たちは日雇いのような感覚に陥っていたと、感じられるが、本当だろうか。犯人らの貧困もフィーチャーされた。

前向きな気持ちに応えられない世相で、難なく生きてこれた者が、どこか上手くいかない者を犯罪者と同一視している。結局、他者に危害を加えても構わないという誤解した人達の殺し合いがまだ続いていると思った。

許せない者に勝つことはたやすい。許してしまえばいい。先に許して勝つ感覚のある者は強い。そのような優越感は無教養かもしれないが、いつまでも「やっていい」「私に限っては許される」と言い、他者に危害を加える行為を許可している者と、対峙していると、錯覚かもしれないが生命があるだけで勝った気持ちになる。可哀そうな境遇から這い上がれることは、かけがえのない他力の財産だ。それがわからないのである。マスメディアは貧困を誤解している。

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